ABOUT THE AUTHOR
プロフィール
銀行員時代の僕なら、絶対にこの話はしなかった。
——だから今、全部書く。
AUTHOR
藤井 拓也
Takuya Fujii|1988年生まれ(38歳)
元メガバンク行員(8年間勤務)。個人向け資産運用アドバイザーとして投資信託・保険を販売。2020年に退職後、独立系FPとして活動を開始。2024年末に「シサンノート」を開設。
このサイトについて
「シサンノート」は、元メガバンク行員の僕が、銀行員時代には絶対に言えなかったお金の本音を書くサイトです。
きっかけは2024年の年末、妻の美咲との何気ない会話でした。「ねえ、新NISAって結局やった方がいいの? 銀行にいたんだから詳しいでしょ?」——娘の陽菜がハイチェアでバナナを握りつぶしているのを横目に、僕はコーヒーカップを持ったまま固まりました。
答えられなかったわけじゃない。「銀行員として教わった答え」と「本当の答え」がまったく違うことを知っていたから、どう伝えればいいか迷ったのです。
銀行では毎月の販売ノルマがあり、手数料の高い商品を売るほど評価される仕組みでした。お客さんに「これがおすすめです」と勧めていた投資信託を、自分の家族に同じように勧められるか? ——正直に言うと、できませんでした。
「……ちゃんと書くよ。銀行員が本音では言えなかったことを、全部。」
美咲は不思議そうな顔をしていたけれど、僕の中では何かがストンと落ちた。それがこのサイトを始めたきっかけでした。このサイトでは、特定の商品を売ることはしません。「判断基準」を伝えます。どの証券会社で、どんな投資信託を、いくら買えばいいか。銀行員が裏で知っていて、表では言えなかった情報を、ここに全部書きます。
経歴
1988年
神奈川県横浜市で生まれる
3DKの団地で、経理の父とパート勤めの母、2歳上の姉との4人暮らし。贅沢はできないが困ることもない「普通の家庭」。ただ、うちには「お金の話をしてはいけない空気」があった。
小学4年の冬、母のタンスから靴下に包まれた通帳を見つけた。残高86万円。パート代を毎月少しずつ別口座に移していた母のへそくり。「何かあった時のため」——これが僕のお金に対する最初の記憶。お金とは「増やすもの」ではなく「減らさないように守るもの」。その価値観に30年近く縛られることになる。
2006年
私立大学 経済学部に進学
マクロ経済学、ミクロ経済学、金融論、証券市場論。教科書の上では「効率的市場仮説」だの「ポートフォリオ理論」だの学んだ。テストではそこそこの点を取った。でも、自分の銀行口座の残高は常に10万円前後。バイト代はほぼ全額、飲み会とカラオケと中古のギターに消えた。
ゼミの教授に言われた言葉が忘れられない。「君たちは経済学を学んでいるが、自分の家計すら管理できていないだろう。経済学と家計管理はまったく別の話だ。」——教室で笑いが起きた。僕も笑った。でも教授は笑っていなかった。
2010年
メガバンク入行(リテール部門配属)
リーマンショックの余波が残る中、「安定した仕事に就かないと」という父の言葉でメガバンクを選んだ。横浜市内の支店に配属。個人向け資産運用アドバイザーとして投資信託・保険・外貨預金を販売する日々が始まる。
配属初日、先輩に言われた言葉。「藤井くん、いい? ニーズに合った提案っていうのは建前。本音はノルマを達成すること。」——冗談だと思った。1ヶ月もしないうちに、冗談ではないとわかった。
2012〜2015年
ノルマの壁、トップセールスへ
月末が近づくと支店の空気が変わる。「今月あと3件、投信の新規を取れ。」支店長は朝礼で名指しで詰める人だった。定期預金の満期を迎えた80代のおばあさんに電話して、リスクの説明を最小限にしてファンドラップを売った夜もあった。
3年目の後半からコツを掴んだ。お客さんの不安を引き出し、共感して信頼を得て、そこに商品を差し込む。4年目で支店内トップセールス。5年目にはエリア表彰。成績は右肩上がりだった。——でもその信頼を利用して、手数料の高い商品を売っている自分がいた。
2016年(転機)
退職金2,000万円のお客さん——忘れられない後悔
中小企業の社長を退職した65歳の男性が「老後の生活費として安全に運用したい」と窓口に来た。本当に安全に運用したいなら、手数料の低いインデックスファンドに分散投資するのがベスト。僕はそれをわかっていた。
でもその月、ファンドラップのノルマが大幅に未達だった。僕は年間手数料1.5%のファンドラップを提案した。2,000万円の1.5%は年間30万円。10年で300万円がコストとして消える。「藤井さん、あんたに任せるよ」——1年後、運用成績はマイナス8%。「あんたを信じたのに。退職金だよ? 一生に一度のお金だよ?」。あの言葉が、今でも胸に残っている。
2017年
先輩の不動産投資失敗を目撃
面倒見のいい先輩・木村さんがワンルームマンション3戸を持ち、「家賃収入で不労所得だよ」と自慢していた。ところが空室が2戸続き、ローンの返済が回らなくなった。数百万円の損失を出し、翌年の人事異動で地方の支店に飛ばされた。「紙の上では利回り8%でも、空室が出たら一発でマイナスだ。俺みたいになるな。」——身近な人の失敗が、僕に「リスク管理こそが全て」と教えてくれた。
2020年
コロナショック → 退職を決意
2月末、世界中の株式市場が暴落。支店の電話が鳴り止まなかった。1日に20件以上の電話を取り、「大丈夫です、長期で見れば必ず戻ります」と繰り返した。でも自分のポートフォリオも真っ赤だった。
70代の元教師・佐藤さんに静かに言われた。「あなたが勧めてくれた商品で、私の退職金が200万円も減ったの。本当にあの商品が私に合ってたの?」——何も言えなかった。合っていなかった。僕はそれを知っていた。
その夜、美咲に電話した。「俺、銀行辞めようと思う。」「拓也がそう思うなら、いいんじゃない。でも、辞めてどうするかはちゃんと考えてね。」——9月、8年間勤めたメガバンクを退職。
2020年末
FXで30万円を失う——最大の失敗
「銀行で為替も扱ってたし、プロの目利きがある」という根拠のない自信でFXを始めた。最初の2週間は5万円のプラス。「やっぱり俺にはセンスがある」と思った。
3週目、米雇用統計の発表でドル円が急落。損切りが遅れ、取り返そうとロットを上げ、さらに損失が膨らんだ。1ヶ月半で30万円がゼロに。深夜2時、真っ暗な部屋でスマホの残高「0円」を見つめていた。隣の部屋で美咲が寝ている。まだ言えていなかった。——翌朝、FXアプリを削除し、つみたてNISAの口座開設を申し込んだ。
2021年
FP資格取得・独立・結婚
2級ファイナンシャル・プランニング技能士を取得し独立。銀行のしがらみなく、初めて「本当にお客さんのためになる提案」ができる立場に。同年、美咲と結婚。結婚を機に自分の保険を整理したら、不要な特約だらけだった。サブスク・保険・通信費を全部洗い出して年間18万円を削減。「お金のプロなのに家計グラグラ」という現実に真正面から向き合った。
2022年
狼狽売り——知識があっても感情には勝てない
市場が下落する中、深夜2時にスマホで口座を確認。マイナス23万円。翌朝耐えきれず売却ボタンを押した。——その後、市場は回復。売らなければプラスだった。「長期投資が大事」と人に教える立場なのに、自分は感情に負けた。この経験が「感情を排除する仕組み=自動積立」の価値を確信させてくれた。
2023年
娘・陽菜の誕生
長女・陽菜が誕生。病室のベッドの横で「学資保険 必要か」と検索し、「18年後までにいくら必要か」を計算した。「絶対に失敗できない」という恐怖を初めて知った。娘が生まれたことで、お金の話が「自分のこと」から「家族のこと」に変わった。
2024年末〜現在(2026年)
「シサンノート」開設・運営中
妻に「新NISAって結局やったほうがいいの?」と聞かれた夜、このサイトを始めることを決意。銀行員時代に言えなかったことを全部書く。FP相談は累計100組を超え、読者からの質問にも日々答えている。「もっと早く始めればよかった」を1人でも減らすために。
僕の投資遍歴——失敗と学びの記録
「元銀行員なんだから投資もうまいんでしょ?」と聞かれますが、全然そんなことはありません。むしろ失敗だらけです。隠すつもりはないので、ここに全部書きます。
2020年|損失:-30万円
FXで全額溶かした
「銀行員だから為替に詳しい」と過信して30万円を入金。最初は勝てたが、取り返そうとロットを上げた瞬間、冷静な判断が全て消えた。1ヶ月半でゼロに。深夜2時にスマホの残高0円を見つめたあの夜は一生忘れない。
2022年|損失:-23万円
狼狽売りで損失を確定
市場下落でマイナス23万円。深夜に何度も口座を確認し、翌朝耐えきれず売却。その後市場は回復。売らなければプラスだったのに。「知識があっても感情には勝てない」を身をもって体験した。
2010〜2020年|機会損失
銀行員なのに10年間投資ゼロ
8年間お客さんに投資信託を売り続けたのに、自分はほぼ投資ゼロ。売る側だからこそ見えるリスクが、行動を麻痺させていた。同期が「つみたてNISAで200万増えた」と聞いた時、始めなかった自分を呪った。
2010〜2020年|後悔
お客さんへの罪悪感
退職金2,000万円を預けてくれた方に手数料の高いファンドラップを販売。「藤井さんを信じたのに」——あの言葉が今でも胸に残っている。ネット証券のインデックスファンドを勧めるべきだったと、何度思い返したかわからない。
これらの失敗があるから、僕は読者に「こうすれば失敗しない」ではなく「こうやって失敗した。だからこう避けてほしい」と言えます。完璧な投資家の成功談ではなく、失敗から学んだ「普通の人のための投資」を発信する。それがこのサイトのスタンスです。
僕の投資方針(2026年現在)
失敗を経て、今の僕の投資方針はとてもシンプルです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| メイン運用 | 新NISAつみたて投資枠で全世界株式(オルカン)を毎月積立 |
| 証券口座 | SBI証券(メイン)・楽天証券(サブ) |
| 投資スタンス | 長期・積立・分散。購入したら基本的に売らない |
| やらないこと | FX、仮想通貨、レバレッジ取引、個別株の短期売買 |
| 教訓 | 「感情で売らない」「手数料を最小化する」「自動化して忘れる」 |
FXで30万溶かし、狼狽売りで23万の損失を確定した僕がたどり着いた結論は、「何も考えなくていい投資」が最強ということ。毎月自動で積み立てて、暴落が来ても何もしない。シンプルだけど、これが一番難しく、一番効果がある。
このサイトで伝えたいこと
🏦
銀行が言わない本音
手数料の構造、営業ノルマの実態、窓口で勧められる商品の裏側。「うちで口座を開かないでください」と心の中で叫んでいたリアルな体験を、銀行を辞めた今だからこそ正直にお伝えします。
📊
商品ではなく判断基準
「これを買え」ではなく「こう考えて選べ」を伝えます。投資系インフルエンサーの「おすすめ銘柄5選」の裏にはアフィリエイト報酬がある。構造は銀行のノルマと同じ。判断基準を持てば、誰かの「おすすめ」に振り回されなくなります。
💬
失敗も含めたリアル
FXで30万溶かした話も、狼狽売りで23万失った話も隠しません。「完璧な投資家」を目指すのをやめた日から、人の気持ちがわかるようになった。失敗するからこそ伝えられることがある。
🤝
一緒に考えるスタンス
「任せてください」ではなく「一緒に考えましょう」。僕の一人称は「僕」。丁寧だけど堅すぎない、先輩に相談するような距離感を大切にしています。年収500万円の共働き夫婦として、同じ目線で一緒に悩みます。
保有資格
| 資格名 | 概要 |
|---|---|
| 2級ファイナンシャル・プランニング技能士 | 国家資格。ライフプラン・資産運用・保険・税金・相続など、お金の総合的な知識を証明する資格。 |
| 証券外務員一種 | 金融商品取引業務に必要な資格。株式・債券・投資信託・デリバティブなど全ての金融商品を取り扱える。 |
数字で見るシサンノート
8年
メガバンク勤務経験
100組+
FP相談の担当実績
10社+
自分で開設した証券口座数
-53万円
自分の投資失敗の累計損失額
祖父の言葉
中学生の頃、祖父がぽつりと言った言葉がある。
「拓也、金は寝かせろ。起きてる金は逃げる。」
——祖父・藤井義男
当時はまったく意味がわからなかった。お金が寝るって何? 起きてるお金って? その意味が本当にわかったのは、銀行を辞めて自分で投資を始めてからだった。30年近くかかった。祖父はとっくに他界していたけれど、「じいちゃん、あれってこういうことだったのか」と独り言を言った日のことは覚えている。
祖父は大金持ちではなかった。町工場を畳んだ時の退職金と年金で、質素に暮らしていた。でもいつも穏やかだった。縁側でお茶を飲みながら庭の野菜を眺めて「十分だよ」と笑っていた。
高校生の頃、「じいちゃん、もっとお金があったら何がしたい?」と聞いたことがある。祖父は少し考えて、「そうだなあ。ばあちゃんと温泉に行くくらいか。でもそれはもうやってるからなあ」と言って笑った。
資産運用の記事を書いていると、つい「いくら増やせるか」の話ばかりになる。でも本当に大事なのは、「自分にとって十分とはいくらか」を知ること。お金を増やすことがゴールじゃない。「十分だ」と思える暮らしを作ることがゴール。祖父はそれを、言葉ではなく生き方で教えてくれた。
プライベート
神奈川県在住。妻の美咲と3歳の娘・陽菜の3人暮らし。美咲は時短勤務で頑張ってくれていて、家計は共働き。「お金のプロなんだから任せた」というプレッシャーと日々向き合いながら、夫婦で家計の話し合いを続けています。
休日は娘と公園に行くか、カフェで資産運用の記事を書いています。最近の娘のブームは「パパのパソコンのキーボードを叩くこと」で、何度も原稿を消されかけました。
「もっと早く始めればよかった」——
銀行窓口とFP相談で100回以上聞いたこの言葉を、
1人でも減らすためにこのサイトを運営しています。
銀行員時代の僕なら、絶対にこの話はしなかった。
——だから今、全部書く。
シサンノート 運営者 藤井拓也
